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岡山地方裁判所 平成4年(ワ)704号 判決

原告

堀川光男

ほか一名

被告

有限会社松本工業所

ほか二名

主文

一  被告らは、連帯して、原告堀川光男に対し金一四七三万九四二三円、原告堀川愛子に対し金一四七三万九四二二円及び右各金員に対する平成三年七月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告各自に対し、連帯して金一五九四万三七五〇円及びこれに対する平成三年七月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

3  (被告有限会社松本工業所のみ)仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件交通事故(本件事故)の発生

(一) 日時 平成三年七月一七日午前七時ころ

(二) 場所 岡山市中畦九七七番地先道路上

(三) 加害者 被告神原志郎(被告神原)、被告木下崇(被告木下)

(四) 加害車 普通貨物自動車(岡山四〇を八七八一、被告神原車)

保有者 被告有限会社松本工業所(被告会社)

普通乗用自動車(岡山三三ら七六二六、被告木下車)

保有者 被告木下

(五) 被害者 堀川晃(晃)

(六) 事故態様 晃同乗の被告神原車と被告木下車とが出合頭に衝突し、晃が車外に投げ出されたものである。

2  責任原因

被告会社は、被告神原車の保有者、被告木下は、被告木下車の保有者であるから、自賠法三条により、また、被告神原には、安全運転義務違反の過失があるから、民法七〇九条により、晃に生じた損害を賠償する義務がある。

3  晃の死亡と相続関係

(一) 晃は、本件事故により溺死状態にあり、岡山光南病院において加療を受けたが、右当日死亡した。

(二) 原告両名は、晃の両親であり、晃を相続した。

4  損害

(一) 葬儀費用 一〇〇万円

原告らは、晃の葬儀費用等として一〇〇万円位を支出しているところ、同人の社会的立場からみて、一〇〇万円が相当である。

(二) 逸失利益 三九一八万七五〇〇円

晃は、本件事故当時、一七歳の健康な男子であつて、鉄工業に従事して、一日当たり一万一〇〇〇円の収入を得ており、一か月二七万五〇〇〇円の収入を得る蓋然性があつた。そして、晃の就労可能年数四九年(一八歳から六七歳までの四九年)に対応する新ホフマン係数は、二三・七五〇であり、生活費の控除割合を五〇パーセントとすると、晃の逸失利益は三九一八万七五〇〇円となる。

仮に、右認定がなされない場合は、晃は有職者であつたから、男子労働者の平均賃金センサス年収五〇六万八六〇〇円を基準に新ホフマン係数を採用して、逸失利益を認定すべきである。

(三) 慰謝料 二〇〇〇万円

(四) 損害の填補 自賠責保険金三〇〇〇万円

(一)ないし(三)の合計額から差し引くと、残金は三〇一八万七五〇〇円となる。

(五) 原告らの請求損害額 一五〇九万三七五〇円(各二分の一の相続分)

(六) 弁護士費用 二九〇万円(原告各自一四五万円)

従つて、原告らの損害額の合計は三三〇八万七五〇〇円、原告各自の請求額は一六五四万三七五〇円となる。

5  よつて、原告らはそれぞれ、前記2の各請求原因による損害賠償の内金請求として、被告らに対し、連帯して金一五九四万三七五〇円及びこれに対する本件事故の日である平成三年七月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論(表示のない部分は各被告共通)

1  請求原因1の事実は認める(但し、同(六)につき、被告会社は明らかに争わない。)

2  (被告会社)

同2の被告会社の責任は否認する。

被告神原車は、被告会社代表者松本道弘が石田工業に対し、石田工業が事業用に使用する目的で貸したものであり、右貸与の段階で、被告会社の右車両に対する運行支配はなくなつている。従つて、被告会社を被告神原車の運行供用者ということはできない。

(被告神原及び被告木下)

同2の事実は認める。

3  (被告会社)

同3の事実は不知。

(被告神原及び被告木下)

同3の事実は認める。

4  同4は争う。

(一) 同4(二)(逸失利益)について(被告会社及び被告木下)

一か月二七万五〇〇〇円(一日一万一〇〇〇円の二五日分)を晃の逸失利益算出の根拠とすることは、晃にそのような実績もなく、不合理である。新ホフマン係数を適用するならば、事故前年たる平成二年度の男子労働者新中卒一七歳の平均賃金年間一六六万七六〇〇円(同年度賃金センサス)を算定基礎とするべきである。

(二) 同4(四)(損害の填補)について(被告木下)

原告らが自賠責保険等から受領した保険金の合計金額は三一三〇万八六五五円である。

三  抗弁(過失相殺)

1  被害者側の過失(被告木下)

本件事故は、主要道路を直進してきた被告木下車に対し、「止まれ」の表示のあるT字交差点(本件交差点)の脇道から、右主要道路の通行車両を無視して、本件交差点に進入し、被告木下車の直進を妨害した被告神原車のほぼ一方的過失(八〇パーセント以上)に起因するものであるから、過失相殺がなされるべきである。

2  好意同乗

(被告神原)

(被告神原、晃ほか二名は、本件事故当時、グループとなつて、石田工業こと石田一義を通じ、更に丸栄産業を通じて、畑中工業所に雇用され、川崎製鉄水島製鉄所構内で作業員として稼働していた。被告神原車は、被告会社が保有するものを、前記石田が被告神原、晃らが通勤用にするために借り受けて、これを右用途に使用せしめていたものである。本件事故当時、被告神原は、被告神原車を運転し、晃を同乗させて出勤する途中であつた。

従つて、相応の過失相殺がなされるべきである。

(被告木下)

被告神原車に同乗していたのは、被告神原を中心とした中学同窓生の集まりで、本件事故は、運転者たる被告神原が早朝、それぞれの自宅近くで待機している友人を拾つて事業現場へ行く途中のものであつた。その際、晃らは、若者とて、ラジオカセツトも積んでいたし、全員がシートベルトを装着していなかつた。

従つて、被告神原車に乗つていた全員が、いわゆる危険共同体を構成していたことは明らかであり、本件事故が「止まれ」の標識のある道路を前方不注視のまま飛び出した危険共同体の一員である被害者側運転者被告神原のほぼ一方的過失によつて惹起されたものであることを考え併せれば、相当程度の好意同乗減額がなされるべきである。

3  シートベルト不着用(被告会社及び被告木下)

自動車の助手席の搭乗者には、シートベルトの装着が義務付けられている(道路交通法七一条の二)ところ、晃は、本件事故当時、被告神原車の助手席に同乗し、シートベルトを装着していなかつた、晃は、本件事故により車外へ投げ出されて用水へ転落し、溺死したものであるところ、仮に、晃がシートベルトを装着していたならば、車外へ投げ出されることもなく、用水へ転落することもなかつた筈である。従つて、相当程度(被告木下は三〇パーセントを主張)の過失相殺がなされるべきである。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1について

抗弁1は争う。

本件事故の原因は、被告神原が一時停止したものの、左右の安全確認が不十分のまま本件交差点に進入したことと被告木下が制限速度五〇キロメートルを超えた、かなりの暴走運転で前方を十分に注意していなかつたことに起因するものであつて、晃には何らの帰責原因はない。

2  抗弁2について

抗弁2は争う。

晃は、本件事故発生原因に全く加担していないので、減額されるべきでない。

3  抗弁3について

抗弁3は争う。

本件事故では、シートベルトを装着していても、衝撃の大きさから乗員が車外に放り出されてしまい、その結果他の車に轢過されるか、道路やその他の構造物等に激突してしまい、死亡ないし重傷を負つていた筈であるのに、たまたま乗員全員が用水に放り出されたため、晃のみ死亡し、他の三名が死亡せずに助かつたというものである。従つて、シートベルトの着用、不着用が結果発生に寄与していないものである上、シートベルトの安全性にも疑問があるから、過失相殺すべきでない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故発生)の事実は、当事者間に争いがない(但し、同1(六)に関し、被告会社は自白したものとみなす。)

二  請求原因2(責任原因)について

1  原告と被告神原及び被告木下との間では、請求原因2の事実は争いがない。右事実によると、被告神原は民法七〇九条に基づき、また、被告木下は自賠法三条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する義務を負う。

2  被告会社の責任について

証拠(甲六、二一、二三、二五、二九、被告神原本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社代表者松本道弘は、石田工業(鉄工業)の経営者で友人の石田一義(石田)から、同人所有車を車検に出したため、暫時車を貸して欲しい旨の依頼を受けて、石田工業(石田)に対し、被告会社が所有する車両(被告神原車)を貸与したこと、被告神原は、晃らとともに、石田工業の紹介で、川崎製鉄株式会社水島製鉄所内にある畑中工業所(鉄工業)で働くことになり(なお、石田工業は、後日、晃関係の給与証明書、休業損害証明書を発行している。)、平成三年七月一〇日、石田工業に挨拶に赴いたところ、石田は、被告神原らの通勤の手段として、被告神原車を貸与することにしたこと、そこで、石田は、被告神原に、被告会社の事務所前に置いてあつた被告神原車を取りに行かせ、同車(鍵も付いていた)を一旦石田工業に持ち帰らせた上で、被告神原に対し、当分の間同車を使うように指示したこと、被告神原は、以後本件事故当日まで、被告神原車を自宅の前に置いておき、仕事に出掛ける際、同車に乗つて自宅を出て、途中で晃らを同乗させて仕事現場(前記水島製鉄所内)まで行き、帰りも同人らを同乗させて送つてから、自宅まで乗つて帰つていたこと、本件事故は、晃らを同乗させ右現場へ出掛ける途中に起きたものであることが認められる。

以上によれば、被告会社は、石田工業(石田)に対し、使用貸借として被告神原車を貸与し、更に、石田が業務の一環として、被用者と同様の立場にある被告神原らに、同車を使用貸借として貸与していたものであると認められるところ、右事実関係の下では、被告会社が、被告神原車に対する運行支配を喪失したものと評価することはできない。

従つて、被告会社も、被告神原車の保有者として、自賠法三条に基づく責任を負うというべきである。

三  請求原因3(晃の死亡と原告らの相続)の事実は、原告と被告神原及び被告木下との間では、当事者間に争いがない。また、原告と被告会社間については、証拠(甲四、五、七、一六、一七)によつてこれを認める。

四  損害について

1  葬儀費用 一〇〇万円

証拠(甲三〇、三一、原告堀川愛子本人)によれば、晃の葬儀関係費用として、葬儀費七四万八六五五円のほか、墓石代一八〇万円等の費用が支出されたことが認められるところ、晃の死亡当時の年齢、立場等に鑑みると、そのうち被告らに賠償させるべき本件事故と相当因果関係を有する葬儀費用は、一〇〇万円とするのが相当である。

2  逸失利益 三九一八万七五〇〇円

(一)  証拠(甲六、二九、乙ア一、二、原告堀川光男、同堀川愛子、被告神原各本人)によれば、晃は、本件事故当時、一七歳の健康な男子であり、平成三年三月、工業高校土木科を二年生終了時に中退し、同年七月初めころまで、工務店で土木作業のアルバイト(日給約八〇〇〇円)をした後、前記二2でみたように、被告神原らとともに、石田工業所の紹介で川崎製鉄水島製鉄所内にある畑中工業所(鉄工業)で働くことになり、同月一〇日、石田に対する挨拶を済ました後、同月一一日から一四日までの四日間(但し、初日は安全教育受講のため、実働日数は三日間で、保線工事に従事した。)勤務し、同月一七日に出勤する途中、本件事故に遭い死亡したものであること、晃らは、石田工業を通して右作業の対価として、一日当たり一万一〇〇〇円、一か月(二五日分)にして二七万五〇〇〇円の給料を受け取ることになつていたこと、ところで、晃は、右畑中工業所へは当分勤めることになつていたものの、高校入学時以来、将来大工になる希望を持つており、そのために、いろいろな技術を身につけ、また、いろいろな仕事をしてみたいと日頃両親に語つていたことが認められる。

(二)  前記(一)によれば、確かに、晃は、死亡当時は、鉄工業者として稼働していたものであるが、生前のわずか四日間という実績の面だけでなく、未だ一七歳であつた晃にとつて、右職場ないし職種は、技術習得の一過程であつて終身的なものではなく、将来は大工になるなどの展望があると認められる。そうすると、一か月二七万五〇〇〇円という前記の金額を晃の逸失利益算出の根拠として用いるのは妥当でなく、賃金センサス平成二年第一巻第一表による産業計・企業規模計・男子労働者(小学・新中卒)の平均年収額である四五三万五二〇〇円(乙イ一の一、二参照)を晃の得べかりし年収額とみるのが相当である。なお、この場合、中間利息の控除についてはライプニツツ係数を用いるのが相当である。

(三)  そこで、晃は、本件事故により死亡しなければ、六七歳まで就労可能であるから、ライプニツツ係数は、一七・三〇三六(労働能力喪失期間五〇年に対応する同係数一八・二五五九から同一年に対応する同係数〇・九五二三を引いた数値)であり、収入額から控除すべき晃の生活費の割合は五割として、死亡時における晃の逸失利益の現価額を算定すると、三九二三万七六四三円(円未満切り捨て)となる。

四五三万五二〇〇円×(一-〇・五)×一七・三〇三六=三九二三万七六四三円(円未満切り捨て)

(四)  従つて、晃の逸失利益については、原告らの請求額三九一八万七五〇〇円のとおり認めるのが相当である。

3  慰謝料 一八〇〇万円

本件事故の経緯・態様、晃の年齢、家族状況等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、晃の死亡慰謝料は一八〇〇万円が相当である。

五  抗弁1(被害者側の過失)について

証拠(甲一四、一五、一八、二一、原告堀川愛子・被告神原各本人)によれば、晃と被告神原車の運転者被告神原とは、中学校の先輩(被告神原)・後輩(晃)の関係にあり、ほか二名の晃の同級生(石井栄樹(石井)と土屋直人(土屋))とともにグループで、畑中工業所に保線工事の作業員として働きに行つていた同僚であつて、晃が被告神原車の助手席に乗り、被告神原がこれを運転中に本件事故が発生したことが認められる。右事実関係に徴すると、晃と被告神原とは、未だ身分上、生活関係上一体をなす関係にあると認めることはできない。従つて、被告神原の過失を被害者側の過失として斟酌すべき旨主張する被告木下の抗弁1は、採用することができない。

六  抗弁2(好意同乗)について

晃と被告神原の関係は、前記五で認定したとおりであり、前記五に掲記した証拠によれば、本件事故は、被告神原を中心とした中学同窓生が、グループとなつて、仕事に出掛ける際、被告神原が早朝、それぞれの自宅付近で待機している石井、土屋及び晃を順次拾つて同乗させ、現場へ赴く途中で起きたものであることが認められる。右事実によれば、晃が被告神原車に同乗したのは、畑中工業所の勤務の関係によるものであつて、本件全証拠によつても、本件事故発生につき、晃に帰責事由を見出すことはできない。

従つて、本件は、損害につき減額事由とすべき、いわゆる好意同乗の類型には該当しないというべきであつて、被告神原及び被告木下の抗弁2は、採用することができない。

七  抗弁3(シートベルト不着用)について

1  証拠(甲二ないし五、八ないし二二、被告神原・被告木下各本人)及び弁論の全趣旨によつて認められる、本件事故の態様・結果は次のとおりである。即ち、

本件事故現場は、被告神原車が北から南へ進行していた南北道路(市道)が、被告木下車が西から東へ進行していた東西道路(県道)と交差する見通しの良いT字型交差点(本件交差点)である。南北道路の本件交差点への入り口には、一時停止の標識、標示がある。また、制限速度は、南北道路が時速四〇キロメートル、東西道路が時速五〇キロメートルである。

被告神原車には、被告神原が運転席、晃が助手席、石井及び土屋が後部座席に同乗しており、座席にはシートベルトが装備されていたが、右四名ともシートベルトはしておらず、また、誰もシートベルトを装着するよう注意する者もいなかつた。なお、右四名のうち、運転免許を有するのは、被告神原のみであつた。他方、被告木下車は、被告木下が運転していたが、同被告はシートベルトを装着していた。

被告神原は、被告神原車を運転して南北道路を南進し、前記一時停止場所に一時停止し、右、左の順に安全を確認し、右方の九〇メートル以上先に西進してくる被告木下車を認めたが、被告神原車の方が先に進行できると軽信し、再度、右方を確認することなく、本件交差点に向けて発進し、右折を開始した。他方、被告木下は、東西道路を時速約七〇キロメートルで東進中、右前方に一時停止している被告神原車を発見したが、同車が被告木下車の通過を待つてくれるものと軽信し、同一速度のまま本件交差点に向かつて直進した。そして、被告木下は、発進し始めた被告神原車に気付き、急制動の措置を講じたが及ばず、本件交差点内において出合い頭、被告神原車の右側面に、被告木下車の前部を衝突させた。

被告神原車は、右衝突により、北東方向に約一三・五メートル飛ばされて横転し、そのはずみで、同車のドアが開いたため、同乗の四名全員が車外へほうりだされた。そのうち、晃ほか一名(土屋)は、東西道路北側の用水路(幅約四・五メートル、水深約一メートル)に転落し、被告神原ほか一名(石井)は、道路に落下した。

晃は、多量の水を飲み溺死したが、被告神原は、約二か月の加療を要する第一、第二頸椎脱臼骨折等の傷害を、石井は約八週間の加療を要する右上腕骨骨折等の傷害、土屋は約六週間の加療を要する左足足根骨骨折、腰部打撲等の傷害を負つた。また、被告神原車は、右側面及び右側前部が大破した。

2  ところで、一般に、被害者も損害拡大防止義務を負つており、損害の公平な分担の見地から、具体的な事故態様によつては、シートベルト不着用を過失相殺の事由にすることも考慮され得るというべきである。

そこで、本件について、これを具体的に検討すると、確かに、前記1で認定した本件事故の経過によれば、本件事故当時、晃がシートベルトを装着しておれば、晃が車外へ放出されることもなく、また、その結果用水路に転落して溺死することもなかつたことは明らかであり、その意味においては、晃のシートベルト不着用と晃の死亡との間には、因果関係(いわゆる条件関係)が存するところである。しかしながら、〈1〉本件は、被告神原車が、高速道路ではなく、一般道路を走行中に起きた事故であるところ、一般に、今日シートベルトの着用率は相当高くなつているものの、一般道路については、高速道路よりは右着用率が低めといわざるを得ないこと、〈2〉晃は、助手席搭乗者であるところ、助手席搭乗者のシートベルト着用義務は、直接には自動車運転者の遵守事項として規定されていること(道路交通法七一条の二第二項参照。なお、晃は、未成年の勤労少年であり、運転免許も有しない。)、〈3〉晃が、もしシートベルトを着用しておれば、車外に放出されることはなかつたといえるのは、前記のとおりであるが、相手車である被告木下車の速度、本件事故における衝突時の衝撃の強さ、被告神原車の横転の事実、同車の破損状況等に鑑みると、仮に晃がシートベルトを着用していたとしても、晃が車内或いは開いたドア部分を介して外部の道路等で身体の枢要部を強打するなどして、重傷若しくは死亡した可能性も決して否定できないこと、〈4〉更に、車外に放出された被告神原車の同乗者四名のうち、二名は道路等で打撲して負傷し、一名は用水路に転落したものの負傷したのみで、一命を取り留めたのに対し、晃だけが、水を多量に飲んだため、不幸にして落命するに至つたものであつて、シートベルト不着用と死亡との間に因果関係があることは前記のとおりであるが、晃が溺死したこと自体は、特別不運な経過をたどつたことに起因し、全く不幸な結果といわざるを得ないこと、以上四つの点を本件の特質として指摘することができる。

そして、右の点を考慮すると、晃のシートベルト不着用と死亡との間の因果関係(条件関係)を前提にしても、本件において、敢えて、晃のシートベルト不着用を過失相殺の事由としてとらえ、損害額の減額を図るのは、適正な損害額認定の見地からして妥当でなく、躊躇せざるを得ない。

3  したがつて、被告会社及び被告木下の抗弁3も採用することはできない。

八  損害額のまとめと損害の填補

1  以上によれば、晃の損害額は、前記四の1ないし3の合計金額の五八一八万七五〇〇円となる。

2  証拠(乙イ二)によれば、原告らは、晃の死亡による損害の填補として、自賠責保険金や共済金合計三一三〇万八六五五円を受領していることが認められる。

3  そうすると、晃の未填補の損害額は、二六八七万八八四五円となるところ、原告らは、各自、被告らに対し、その各二分の一の金額である一三四三万九四二三円(原告堀川光男の取得分とする。)と一三四三万九四二二円(原告堀川愛子の取得分とする。)を請求することができる。

九  弁護士費用

本件訴訟の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告らに負担させるべき本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、二六〇万円(原告各自につき一三〇万円)とするのが相当である。

したがつて、被告らは、連帯して原告堀川光男に対し一四七三万九四二三円、原告堀川愛子に対し一四七三万九四二二円及び右各金員に対する本件事故の日である平成三年七月一七日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

一〇  結論

よつて、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して原告堀川光男が一四七三万九四二三円、原告堀川愛子が一四七三万九四二二円及び右各金員に対する平成三年七月一七日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

なお、被告会社の仮執行免脱宣言の申立ては相当でないので、これを付さないこととする。

(裁判官 徳岡由美子)

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